はじめに

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波紋堂商品

この度は、波紋堂のホームページへご来訪いただき誠に有難うございます。

アートな雑貨、板金雑貨、などと謳っている、なんだか変な会社です。

なぜこんな会社になってしまったのか、そんなお話をここでは書いてみたいと思います。

なぜここまで来たのか?

<板金加工の魅力>

板金加工。それは「ものづくり」という大きな視野でみると、とても独特な世界です。その魅力とは一体なんでしょうか?

精密板金加工の工程をごく大雑把に説明しますと、

・「切る」材料から切り取る。

・「穴を開ける」●や■の穴をあける。

・「曲げる」直角かそれ以上の角度のみ。

となります。それ以外のことは、ほぼできません。

硬い金属を、切って折り曲げる。それだけです。これはモノを作るということではたいへん大きな制約になります。

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何か作品を作ろうとされた経験のある方ならご想像いただけると思います。鉛筆立て一つ作るにしても、例えば缶状のものか、切削加工するか、板を接着するか、金型を作って樹脂整形するか、いろんな作り方があります。

でもこの”精密板金加工”という加工法は、金属の板を「切る」「穴をあける」「折り曲げる」しかできません。とても不器用な製造法なのです。

ではなぜそのような工法に着目したのか。それは「自由がきかず、制約が多い」からです。この逆説的なことを分かりやすくお伝えするためにエピソードを一つ。

<制約についてのエピソード> 

ある有名な映画監督が言ってました。「映画は”2時間”という、とてつもない制約がある。でも、だからこそ、素晴らしい作品が生まれるのだ」と。

・・・私はこの言葉に大変感銘を受けました。それまで、創造には「自由」が必要だ!と思っていました。しかしここで初めて、「制約」「不自由さ」が人を創造的にするのだ、ということに気が付きました。制約が無限を生むというお話は、まるでピンチをチャンスに変えるような、快活さを感じます。

さて板金加工。制約の多い加工法。この制約の中で、いったい何が生み出されるのか。だれも試したことのない分野。これを開拓しているのが現在の波紋堂です。

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<”ものづくり” 現場のリアル>

10年ほど前でしょうか。マスメディアで盛んに「ものづくりニッポン!」などと叫んでいましたが、そんな中、私はまさにそのものづくりの世界(産業・工業界)にいました。(今でもそうですが。)まるで日本が誇るべき素晴らしい業界のように見えた方も多かったのでは思います。

でも実際は違いました。もう昭和時代のものづくり精神を引き継ぐもの、新しい時代を切り開くもの、どちらも殆どいません。それは、国内の業界全体が長く低迷しているからだと思います。海外の安い製品には勝ち目がありませんので。

しかし、そんな厳しい中でも一所懸命頑張って技術を磨いている人達はいます。逆境の中でも頑張れる人が私はとても好きです。ぜひそういう方々を応援したい! 

そこで私は、自分なりに考えました。何か新しいことに挑戦して、新しいマーケットを開拓できないものだろうかと。「材料を輸入して、製品を輸出する」という昔ながらの日本の産業モデルを一旦忘れて、小さい会社だからこそできる、面白いことを考えてみようと。波紋堂はまさにこの実験を行うために立ち上げた会社でもあるのです。

さて、いろいろ書いてきましたが、波紋堂を立ち上げた理由はまだまだたくさんあります。でもこの辺で留めておきます。波紋堂のストーリー、少しはお分かりいただけましたでしょうか。また何か思い出したときに、blog等でお伝えできればと思います。

なぜ「アート」などと言っているのか。

世の中には、美大で基礎を学び、アート業界で多くの実績を残されてきた素晴らしい方々が沢山います。そのような方々から見れば、波紋堂のような小さな企業が『アート』なんて言ってるのはおかしいと思われることでしょう。

しかし、ただ安易に「これはアートだ!」と言っているのではありません。いろいろな変遷があり、ようやく辿り着いた所が「アートだった」のです。

情報カードにアヒルちゃん
アヒルちゃんを乗せてみました。(波紋堂の恒例となりました。)

当初、オシャレな雑貨を作って楽しく仕事をしたい、などという安易な考えでした。安易とは言え、完全な素人というわけではありませんでした。独学でいろいろと学び、プロダクトデザイン認定を取得しました。また、「設計」を英語では「デザイン」と言いますが、そういう意味においては、約30年、産業機器の設計業に携わってきた実績もあります。その知見を活かしてもいます。

そうしてあれこれと考え、コツコツと製品を作っていく中で、「おや、なにか変だ」と思い始めました。

なにか違和感を感じる。 商品力が弱いのか? デザインセンスがないのか? マーケティングがダメなのか? いろいろ悩みました。

でも波紋堂は『企業』ですから、前に進まなければなりません。原因を探り、対策を検討し、そして行動に移す。自信はなくても、冷静に活動しなければなりません。そうしているうちにだんだん見えてきました。

「私が作っているものは、デザイン雑貨じゃなくて、アートかもしれない」と。

ある日、フリーランスのデザイナーさんがたくさん集まっている展示会を見にいきました。いわゆる「クリエイターさん」です。「あれ? クリエイターさんは、まるで下請け業者さんの扱いだ」と。企業から依頼を受け、要望に答え、納品し、お金をいただく。そのマーケティングのために展示会に出店しているのです。それは、小さな設計会社の会社員として約30年やってきた私の経験と同じでした。

そもそも波紋堂は、そういうことから脱するために起こした会社です。企業の担当者から依頼や指示を受け、ひたすらそれに応えていく。それは確かに、お金を稼ぐためにはとても有効なことです。でもそれだけでは何か物足りない。だから立ち上げた会社です。

やはり企業様相手ではなく、一般の方々に知っていただきたい。もっと広い世界を見たい(いつの日か。。)という気持ちが湧いてきたのです。

是非ともそれを実現したい。そういう思いで起業したのです。つまり、波紋堂は「クリエイターさん」の会社ではないということです。誰かに依頼されたり、指示されたりするのではなく、自分で考えて、自分で行動して、広く世間に問う。そういう会社なのです。これはつまり・・・アートの活動ではないか、と思ったのです。

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ちなみに、同じアートの中でも、柳宗悦が起こした「民藝運動」に近いと考えています。民藝品は、個人の名前を全面に出していく一般のアートと違い、名も無き職人さん達が作った作品です。作者不詳の、暮らしに溶け込む作品が「民藝」です。そういう点で、波紋堂の商品はまさに「民藝」と共通しています。個人ではなく、法人として発表しているからです。(ただ「伝統」は全くありません。新たに製品を生み出しているという点では大きな違いがありますが。。)

そのような訳で、波紋堂は「アートだ!」「民藝だ!」などと言っているのです。

なぜこのような業態になったのか?

波紋堂の業態は、作ったものを直接お客様へ販売する、いわゆる「D2C」(Direct to Consumer)です。「販売」を商社や販売店にお願いする、ということをしないことに最初から決めていました。いまでこそD2Cなんていうカッコいい名前が付いてますが、波紋堂を起こした当初はそのようなものは知りませんでした。では、なぜ何も知らずにそういう業態を起こしたのか。

これは、とても個人的な気持ちから来ています。実は私は若いころ、ミュージシャンになろうと決意したことがあります。進学も就職も投げ打って、音楽の道へ進んだのです。(それが故に低学歴。)ただ、私が未熟者だったために、ことごとく世間に打ちのめされ、貧乏にも耐えられず、挫折してしまいました。でも心の中では、ミュージシャンへの憧れがまだまだ残っています。

キムワイプ用メタルケース

その後いろいろなことがあり波紋堂を立ち上げることになりました。そしてミュージシャンへの憧れはまだほんのり残っていました。そんな中でふと思いついてのです。この波紋堂で、ミュージシャンっぽいビジネスができたら面白いんじゃないか? さらに、以前ミュージシャンを目指したその知見をここで生かせば、過去の経験も無駄ではなかったと思えるのではないだろうかと。そして決めた方針が、商品を売り方を「インディーズ・バンドの”自主製作盤”」っぽくする、ということです。これはまさに「点と点が繋がって線になる」ということではないかと。。

起業して会社を運営するということは、社会的責任、お金の計算、日々の精進など、かなりのストイックさが求められます。でも「憧れ」や「ワクワク」があれば、頑張ることも、新しいアイデアを生むことも楽しくなるはずです。

そのような訳で波紋堂は、製品を直接お客様へ届ける「インディーズ式」を採用することにしました。つまり結果として「D2C」というビジネスになりました。この流れでいくと、次は「レーベル」を作るか、「シーン」を創出するか、ということになるかもしれません。でもまだまだ、商品力も資本力もない、弱小起業です。まずは「小さなことからコツコツと!」と自分に言い聞かせながら、一歩一歩進んでいるところです。

2020.12.16 合同会社波紋堂 代表社員 菊楽 要