人生を楽しむとは、どういうことか。

人生を楽しんでいる人。
それは、ピザを食べながらワインを飲んで、「ブォーノ!」と歓喜する人。

私は、そんな人のイメージが頭に浮かびます。

さて今回は、「人生を楽しむ」について考えてみました。

人生の楽しみを考え始めたころ。

私が人生の楽しみについて考え始めたのは、多分40代になってから。
まだ若かったころは「人生を楽しむなんて、いずれ実現できるだろう」と楽観していました。

しかし40代が近づいてきたころから、「やばい! このままだとダメか!」と思い始めました。

「とにかく一刻も早く、人生を楽しむ方法はないのか!」と焦りはじめました。

早速、美味しいものを食べて「ブォーノ!」叫んでみようしました。
でも結局、ひとりでぽつりと「ぼーの」とつぶやくので精一杯。

このままじゃダメだ!

しかしどうすれば?

もっともっと、美味しいものに出会うまで旅をするか?
いやもっと他の方法はないのか。

あれこれと考えた挙げ句、結局はすべてお金と時間が必要だ、という結論を出してしまったのです。

人生を楽しむためには、まずそれらがないとお話にならないと。

仕事にはげむ日々。

さて、人生を楽しむために作戦を開始した私。
お金と時間を得るために私がとった行動は「仕事を頑張る」でした。(なんとも地味で堅実。)

そして実際に頑張りました。

あらゆるビジネス関連の本を読み、幅広い知識を得て、視座を上げ、大局で捉え、実践していく。。
生活のすべてを仕事に捧げ、実験と検証を繰り返しました。

その結果、数年かけてジワジワと売上は向上。
大きな案件がどんどん舞い込み、なんと2年先までの自分のノルマ分を受注するという快挙。
そのころ時折、「私一人で、1時間に何十万円売り上げているんだ?」という計算もしたほどです。

いつの間にか私は、ちょっとした「できるビジネスパーソン」になっていたのです。

仕事モチベMAXオジサンが、気づけばプロレタリア

しかしある日、ふと気づいたのです。
なんと10年近く経っても給与がぜんぜん増えてない!

いろいろ悩んで、経営者に交渉をしようとも思いましたが、経営状態がある程度わかっている中、さすがに遠慮してしまいました。私がひとりで多少売上を伸ばしたところで、どうということはない。

売上はあくまで「会社」の売上であり、「会社員」の売上ではありません。
お金は湯水のごとく消えていくのです。

しかしあまりに頑張り過ぎてしまった私。
習慣的に、ただゴリゴリ仕事をするという奇妙な人間になっていました。
「生きるために働くのか、働くために生きるのか。」そんなことを思う日々。

一方、経営者からは「もっと働け!」「まだまだ足りない!」という号令が出され続ける。。
気がつけば、私はまるでプロレタリア文学の登場人物。

それでもやはり、現実に気がついたということが、第一歩になりました。
もう一歩、あと一歩と、その深い沼の底からジワジワと這い上がっていったのでした。

結局、自分にしかわからない。

深い沼から、ようやく息ができるところまで這い上がってきた私。

とりあえず一息つきながら、その這い上がってきたところを振り返ってみました。

でも不思議なことに、振り返ってみるとなんとなく「悪くはなかった。」と感じるのです。

人生を楽しむためのお金も時間も得られず、すべて無駄だったはずなのに、一体何が?

いろいろ考えたのですが、それは「知らなかったことをたくさん知ることができたのが、結構楽しかった」ということに気が付きました。

例えば、本で読んだことを仕事で実践してみる。いろいろ応用して試してみる。それを知識・経験として積み上げながら、いろんな人と繋がり、更に未知の領域を切り開いていく。気づかないうちにそれらを私は楽しんでおり、それを最大のモチベーションにしていたのです。

つまり振り返ってみると、私は結構人生を楽しんでいたのです。

新たな視点。それは『楽しんでるかい?』

人生を楽しむとは何か。

私がこれらの経験から導き出した人生の楽しみ方は、「楽しんでるかい?」と自分に問うこと

自分で自分が楽しんでいることを自覚することは案外難しい。だからこそ、それを自分に問う必要があるのです。

自分に問うて、初めて見えてくる。

「自分よ、楽しんでるかい!」

以上、今回は「人生を楽しむとは、どういうことか?」について書いてみました。

ここでご紹介した考え方は一つの例に過ぎません。そして私自身、まだ「ブォーノ」に憧れる気持ちは変わっていません。

皆様におかれましてはいかがでしょうか。
どうか楽しい人生をお過ごしいただけるよう、陰ながらお祈り申し上げます。

ではまた!

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