作業は癒し。ものづくり業界の明るい未来を想像してみる。

長年、ものづくりの業界で働いてきました。

衰退産業の中にいますので、あまり自慢できることもありません。

ただ、ずっとお世話になった業界ですので、何か少しでも恩返しができないだろうかと考えました。

衰退産業の中では、それもなかなかそれも難しいのですが。。

せめて業界の明るい未来を想像することで、僅かでも恩返しができるのではないかと思い、いろいろ書いてみることにしました。

未来型製造業の絵(人物)
製造業の未来は明るい。

製造業=ブルーカラー、という時代は終焉に近づく

昭和の学校教育のせいでしょうか。それとも、古くからの農民生活の慣習が残っているのでしょうか。

製造業の現場では未だに「上下」の空気感で満たされています。

学校で言えば【先生→生徒】、昔の農業で言えば【地主→小作人】という上下の構図。

これが会社ですと【上長→部下】や【経営者→従業員】となります。実際のところ、なんというか・・ガツンとやるっていう感じです。

しかし60代のおじさんが、50代のおじさんを叱っている姿は、見ていてあまり気分の良いものではありません。

確かに、良い物を作るためには、ベテランの指導や意見が欠かせません。しかし若い人が減り、ほぼ全ての人がベテランになってしまった今、もはや純粋な上下関係は崩壊しているのではないかと私は考えています。

日常的にそのような状況を見ていると暗澹たる気持ちになりますが、しかしこの状態も長くは続かないでしょう。

なぜなら、理由は簡単です。10年もすれば、世代交代が進むからです。(もちろん進まないところもあると思いますが。。)

私は、ものづくりというジャンルに、こういう若い世代の方々が出てきていることにとても希望を感じています。↓

これからは、自由な発想が求められる時代です。こういったものを作る人がどんどん出てくれば、製造業はかなり楽しい業界になるはずです。

ものづくりは癒し

製造業の中にいる人は、自覚があるかどうかわかりませんが、自分に課せられた業務の中で、癒されている人が多いと思います。

それは、波紋堂が文具関連の商品を作っているので特に感じることでもあります。

なぜ「作業」は「癒し」なのか。

以下の書籍の紹介で、少しご理解いただけるでしょうか。

・Zentangle(ゼンタングル)

ペン一本で、無限に繰り返す絵柄を描く。

・Coloriage(コロリアージュ)

「大人の塗り絵」とも言われています。色鉛筆で色を塗るだけで、不思議と癒されます。

・Art therapy (アートセラピー)

心理療法にアートを取り入れるとは! 想像しただけで癒されそうです。

こう言った書籍が出版されているということは、そこに市場があり、わりと大きなムーブメントが起こっているのだと感じます。

やはり「作業」は「癒し」だった。

工場で働く労働者(ブルーカラーとも言われる人)が、時折その作業に癒されていたなんて、経営者が知ったら・・

でもそういう発想はもう昔のこと。産業革命の空気が残っている時代のことです。日本の労働基準法はまだそのころのままになっていますが、時代に合わせて少しづつでも変えていく必要があるのかもしれません。ちなみに昨今の「働き方改革」は、従来の労働基準法を保持しつつ、じわじわと時代に合わせていく妙策なのではないかと思います。

時間さえ短くできれば

上長は部下にこう言います。

「もっと必死で働け!!」

「必ず死ぬ」と書いて、必死。

考えてみれば、とんでもない言葉。

昔は、お父さんが家族を養うために本当に「必死」で働いたのだと思います。

とにかく長時間働き、残業手当や休日出勤手当てをゲットし、少しでも生活の足しにしたいという考えて働いてきた以前の世代。

しかしその生き様が、どれほどインパクトがあったか。長年必死に働いたところで、事態が好転することもさほどなかったのではと思います。

この様子が、工場労働者が「ブルーカラー」と呼ばれ、世の人々から嫌厭されることになった理由だと思います。和製英語の「サラリーマン」も、ほぼ同じイメージでしょう。

「時間を売って、対価を得る」というシステムは、国家レベルで推奨してきた形式ですので、誰もがそこに組み込まれてしまうのはやむを得ません。

でも時代は変わりつつあります。今は多くの知識人がベーシックインカムを推奨していますから、そのうち実現してしまうかもしれません。

そしてそんな時代になる前に、いち早く気付く人が出てくるかもしれません。「ものづくり」が「癒し」であることに。

つまり、長時間であれば『必死』のことも、短時間であれば、癒しであったり、健康にも良かったりします。

極端に言えば、お金を払ってフィットネスジムに行くのと同じような効果が、労働で得られる可能性があるのです。

現代の物質的満足はどうやって実現しているか

そもそも製造業、つまりブルーカラーが悲惨な状態になった原因は、そういった必死の労働のせいではありません。

海外の安い製品が輸入されまくる世の中になったことが大きいと思います。

消費者から見ると、安くモノが買えることは嬉しいことです。得した気分にすらなります。

しかし製造業の業者さんから見ると、とてつもない「商売敵(がたき)」が出現したことになります。これを迎え撃つためにどんな行動を取ったか。それは、ギリギリまで売値を下げ、リストラをし、人手の足りない現場で働く人の「尻叩き」をしました。そして「尻を叩かれた」労働者達は、安い輸入品の悪口を言いっては憂さ晴らしをし、ただただ疲弊していくのみでした。ほんとひどい!

いよいよ製造業は窮地に追い込まれたわけです。

でもそんな大変なことになっているのに、その嘆きや悲鳴は、まるで風に流されるかのようにフワッと飛んで行きました。

いつの間にかモノが溢れる時代になり、世の中の人たちは「物質的に満たされる」という、人類史上初めてではないかというくらい、とんでもない状態となったのです。

ちなみに、山口周さんの著書にそういったことが書いてますので、ご興味のある方はどうぞ。

(ほんとに素晴らしい、まさに「目からウロコ」の本です。)

そんな状態ですので、製造業者の嘆きなど、小さく消えていくばかりです。

しかしこの「人類史上初めての、物質的満足」については、私個人的にちょっと引っかかることがあります。

それは、その「物質的満足」の「物質」はどこから来ているか、という部分です。

もちろんそれは、主に海外から来ています。そしてその製品は、海外の安い労働力により作られています。つまり、どこかの安い両動力で、我々は満足を得ていると言えるのです。

これはまるで、ギリシャ文明が繁栄したころに似ているような気がします。当時のギリシャは戦争に勝った国だったのです。戦勝国が敗戦国の人々を奴隷にし、働かせていたのです。それで多くの時間を得た人々が、政治や哲学に興じていたのです。

まさにその状況に似ているのではないかと。私はどうしてもそこに罪悪感を覚えます。製造業の中にいるだけに。

つまり「物質的満足」は、間接的に奴隷を搾取できるシステムによって実現されているのではないかと。

私自身もそのシステムの中におり、利便を享受している立場ですが、なんだかモヤモヤするのです。

未来の風景

さて、現状の苦難を嘆いてばかりでは前に進めません。明るい未来を想像しましょう。

いま苦境に立たされている人も、時代の変化により事態は好転するのではないかと私は期待しています。

人類の長い歴史を振り返れば、貧困に喘ぐ人々は確実に減っています。そして今の時代は、加速度的に変化しています。それが良い方向に作用すれば、多くの人が助かるのではと思います。

より多くの人が豊かになれば、いま海外の安い労働力のおかげで実現している「物質的満足」が変化するかもしれません。つまり100均ショップのようなビジネスが継続できなくなるのでは、ということです。

世界から安い人件費の地域が減ることは良いことだと思います。ただ一方で、一度享受してしまった「物質的満足」が得られなくなりそうです。もしそうなれば、多くの人が激しく不満を感じるはずです。

これはどうすればいいのでしょうか。政治家に不満をぶちまければよいのでしょうか。怒り狂った市民が暴動を起こしたりするのでしょうか。

私ならここで、『「作業」は「癒し」』、を提案します。

より多くの人が、無償に近いかたちで「作業」すればよいと思います。どこか知らない国の、貧しい人が作業することで得られる「物質的満足」より、癒しのために作業した人が作った製品の方が、(罪悪感がないという意味で)格段に良いと思います。

もちろんいろんな問題も発生すると思いますが、それも人類の知恵次第です。

例えば、オフィス街に工場を作る。オフィスで働く人々が、ときどき息抜きのために工場で作業する。会員制にして、会費をもらう。作った製品は激安で販売。多分、面白がってやりたがる人は結構いるのではないでしょうか。

さすがに極端なアイデアでした。すいません。でも、より多くの人がものづくりに携わる世の中になればよいと思います。『「作業」は「癒し」』であることを知れば、多くの人が参加したくなるはずです。

遠い将来、「そんな、ものづくりばっかりやってないで、ちゃんと働きなさい!」などと言われる日が来るかも?!

まとめ

このところ読んだ本のおかげで、労働についてあれこれと考えることが増えました。

ものづくりの業界はまさに労働者の世界。長年そこに携わっていると、リアルにオジサン達の生存競争に巻き込まれます。

でもそれは、時代の一部を切り取った姿にすぎません。そのような一時的なものに翻弄されないように、うまく立ち回りたいものです。

そのためにも、視座を上げ、より良き未来を追い求めることが、なにしろ正当な手段だろうと考えます。

またそのことで、少しでもものづくりの業界に恩返しができたらと思っております。

ではまた。

これを作るくらいでしたら「癒し」のうちかもしれません。波紋堂の作品はコチラ

販売は結構必死だったりします! online storeはコチラ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です